有頂天ブログ

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無投票選挙にみる選挙制度

7月2日、山口県宇部市の市長選が無投票となり、久保田后子市長が3選を果たした。仮に、途中で選挙になったとしても結果は変わらなかったとみられる。この通り、全国の首長選の多くは、選挙前からほぼ結果が分かっている。県議選、市議選でも、無投票当選の選挙区が増えているとされる。

無投票による多選には、首長が長期的な視野で、まちづくりに取り組むことのできるなどメリットはある。だが、多選による首長の高齢化で、最新技術を政策にとり入れることの難しさや少なからずの政治腐敗、癒着、斬新な政策を打ち出すことができなくなるなどデメリットも多い。せめて、無投票選は避けるべきなのではないか。無投票=その首長が民意を得たというわけではない。首長本人もこの4年の評価が分からないまま次の4年の政策を考えなければならず、政策と市民の間に乖離が生まれやすい。対抗馬が投票に値しないような急造の人物でなければ、選挙をやる意味はあるように思う。

ではなぜ、無投票選挙が増えているのか。まず、あげられるのが政治家になることの難しさだ。近年では政治家は自身の報酬を削減することが、良しとされ、国民も支持してきた。しかし、一般国民が政治家になるには、現在の職業を捨てすべてを投げ打って、出馬し、その上、選挙費用、供託金など多額の費用が掛かります。選挙に必ず勝てる後ろ盾がある、家に資産があり選挙に敗れても生活できる、弁護士などの資格がありいつでも復職できるなどでない限りは苦渋の決断となります。仮に選挙に勝っても4年後の生活の保証はありません。会社員で、家族を持つ人がこの決断をすることはできないでしょう。会社員が立候補しにくいのは、日本の選挙システムで、資産と地盤のある世襲が有利なのはいうまでもない。

以上から、無投票選を減らすには根本的な選挙システムの改革が必要だ。供託金の減額や選挙期間中の休暇の容認などの職業の保証が必要なのではないか。自分たちの生活も保証できないような人物が政治家になるべきではないという批判もあるだろう。だが、政治家は国民の代理者であるわけだがら、多様な人材が政治家になるべきである。